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ワークライフバランスインタビュー

ワークライフバランスインタビュー

羽生祥子さん

子育てのすばらしさを伝え、出生率アップに貢献したい
          

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日経DUAL創刊編集長
帝塚山学院大学非常勤講師
羽生祥子さん

Profile

日経DUAL創刊編集長
帝塚山学院大学非常勤講師 羽生祥子さん

1976年生まれ。京都大学卒業。編集工学研究所などを経て現日経BP社入社。女性誌、デジタル誌などで執筆編集を担当した後、2012年『日経マネー』副編集長就任。その後自らの妊娠・出産の経験を活かし、働くママ&パパを応援するノウハウ情報サイト『日経DUAL』(http://dual.nikkei.co.jp)を企画立案、2013年11月に創刊。全員子育て中のDUAL編集部のマネジメント、サイト運営、取材執筆、大学非常勤講師をこなしながら、2児の母(長女7歳、長男5歳)としても奮闘中。趣味は料理、水泳、ピアノ、投資の勉強。海外移住に興味。日経DUALでは、子育て社員のみならず、介護中社員など時間に制限がある働き方が必要な会社員を生かした強いチームづくり、持続可能な組織づくりについて、様々な立場の専門家から知恵と情報を発信している。公式ファンページ(https://www.facebook.com/nikkei.dual)でも「朝読んで昼からすぐに役立つ情報」をモットーに、ワーキングママとパパの目線で共働き子育て中夫婦の「言いたい、知りたい、変えたい!」を実現中。子育て中の夫婦に向けた毎月100本以上の厳選記事を公表無料配信中。
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大学卒業後、就職できずにヨーロッパを放浪した
高橋
祥子さんとは1年前からのお付き合いですが、生い立ちの話などをしたことはありませんでしたよね。どうやって、こんなエナジーたっぷりのチャーミングな女性が育ったのか。今日はそのあたりからお聞きしたいと思っています。
羽生
私は田と山と海に囲まれた、静岡県の田舎で育ちました。富士山の麓で、富士山自体は近すぎて見えないくらい近い。それこそ富士山の雪解け水で顔を洗ってました。また、近所の竹やぶでは梅雨になると竹から湯気のようなものが出てくるんですよ。もわーっと。
高橋
へえ!
羽生
そういう自然の驚異の中で育ちました。大学は京都大学だったんですけど、そこもまあ田舎でしたね(笑)。で、大学を卒業して、今でいう「ニート」になったんです。
高橋
えっ、なぜですか?祥子さんなら、就職できるところたくさんありそうなのに。
羽生
それが、右向け右で言うことをきけない不器用な学生で(笑)、就職活動が始まる時期に、就職指導員にリクナビに登録しろと言われたんですけど、しなかったんですよ。どうして、私企業のサービスに頼らないと人が仕事を選べないのかなと素朴に疑問に思ってしまって…。
高橋
なるほど。
羽生
そこで「もしリクナビに登録しなかったらどうなるんですか?」と聞いたら、「人生がめちゃくちゃになりますよー」と言われました。そうしたら、本当にめちゃくちゃになったんです(笑)。卒業しても、どこにも就職先がない。びっくりしましたね。今思えば当たり前ですけれどね、就職サイトに登録せず、積極的に活動しなかったんですから。
高橋
周りを見ると、決まっていないのは自分だけ、みたいな。
羽生
まさにそうでした。
高橋
仕事がなくて、どうしたんですか?
羽生
それから半年弱大学時代の友人たちがいるマルセイユやパリ、ベルギー、ドイツなど、ヨーロッパを旅行者としてめぐりました。収入がなく、高級な所に泊まれないので、ホテルなどの宿のドアをトントンとノックして、「風呂掃除をするので、屋根裏部屋に格安で2週間泊まらせてくれませんか」と交渉するんです。
高橋
ええー!それは何歳の時ですか?
羽生
卒業直後だから22〜23歳くらいのときですね。食べ物も、仕事をする代わりにクロワッサンとバターと牛乳をもらったりして(笑)。
高橋
そんな苦労をされていたとは、知りませんでした。
羽生
苦労というか、自分が向こう見ずでバカなんですけどね。そして、日本に戻ってきたら、本当に使いものにならない人材になっていました。その頃は「第二新卒」という考え方もまだなかったので、企業は新卒社員か、即戦力の中途社員しか雇わない。どちらでもないとわかった時点で「うちには要りません」と言われ、何十社から断られました。しょうがないから、アルバイトで生計を立てていたんです。お金がなくて、20代前半はずっとお腹が空いていました(笑)。
高橋
お腹が空いている人って、最近いないですよね(笑)。
羽生
当時は、「若いこと、貧乏であること、無名であることは、創造的な仕事をする三つの条件だ」という毛沢東の言葉を読んで、「まさにナイナイづくしの私のことじゃないか!」と思っていました(笑)。
高橋
そうだったんですね。じゃあ、祥子さんが考える創造的な仕事をする条件はなんだと思いますか?
羽生
そうですねえ、「最後までやり切ること」でしょうか。誰しも皆、輝くアイデアはあるんですよね。でもそれをやり切れる人って少ないと思う。最後まで実行するかが、成功するかどうかの分かれ道だと思います。
高橋
何かのきっかけでそう思うようになったんですか?幼い頃からのご両親の教え?
羽生
いや、そのアルバイト時代で気づいたことです。ニートでアルバイトをした後、著名な編集者である松岡正剛さんがやっていた編集工学研究所(http://www.eel.co.jp/)に転がり込んだんです。ここで、松岡正剛さんの「徹底して最後までやり遂げる姿勢」に、心を揺さぶられました。
高橋
そうだったんですね。
羽生
そこでの私の最初の担当は書評でした。今でも覚えているのは、夜中の3時に松岡さんの部屋に原稿を持っていったときのこと。
高橋
ご本人が3時に起きているの?
羽生
彼は寝ない人で、みんな夜中まで仕事をしている不夜城でした。私は編集もド素人だし、書いた原稿を見られるのが恥ずかしくて、受付箱にそっと置こうとしたんです。そうしたら、「すぐ見てあげるから」と言って、パイプをくゆらせながら、タイトルを直し、「てにをは」を直し、すっごく達筆な朱字をその場で入れてくださったんです。
高橋
うわあ、かっこいいですね。
羽生
こうやって、一文字一文字を夜中の3時でも魂込めてちゃんと見ることが、一編集者として仕事をやり遂げるということなんだ、と刻み込まれました。しかもド素人で駆け出しの私のつたない文章に、きちんと朱字を入れてくださったことが、本当にうれしくて。だから、私は今でも、自分が立ち上げた日経DUAL(http://dual.nikkei.co.jp/)でアップされる記事は、すべて読んで朱字を入れ、タイトルをつけています。編集部員にとっては面倒くさくて嫌な編集長だろうと思いますけど……。
高橋
そんなことないですよ!だってそれは、祥子さんがかつて師匠から学んだことを、後輩にもしているということでしょう。いま、祥子さんから朱字を入れてもらっている駆け出しのライターさんが、何年かあとに「こういう女性の編集長に、仕事の仕方を教えてもらいました」って言っているかもしれませんよ。
羽生
もしそうなったら、それはすごくうれしいですね。
高橋
私、そういうことって時空を越えて伝わっていくと思っているんです。私達が死んでしまっても、羽生祥子、高橋ゆきっていう人がいてね、って4代先くらいのまだ見ぬ後輩たちが、語り継いでくれるかもしれない。やっぱり人との出会いがきっかけを生むんですよね。人生は、きっかけと出会いの連続で動いていくんだと思います。
羽生
本当にそうですね。
高橋
祥子さんの人生が変わったなと思うタイミングはどこですか?
羽生
ひとつはやはり、新卒で就職する道を選ばなかったところですね。海外で、「自分はこれっぽっちの存在なんだ」ということをまざまざとつきつけられ、どうすれば生きていけるのかを実地で覚えていきました。そしてもうひとつは、日本に帰ってきて、ボーリングでいきなりガーターに落ちたみたいに、キャリアのレールからはずれてしまったこと(笑)。
高橋
相当重力に逆らわないとレーンに戻れない(笑)。
羽生
そうなんです(笑)。そこで、アルバイトや契約社員など、非正規雇用者として20代をすごしたことが大きかったです。ときに悩み、悔しい思いもたくさんしました。これは日経DUALのポリシーにもつながっているんですけど、いろいろな立場で働いている人がいるということを実感しました。そして、不安定な状態で働くことがいかに大変かも。スムーズに大手企業に入社していたら、そういうことがわからなかったと思います。
高橋
もともと編集の仕事がしたいという思いはあったんですか?
羽生
はい!小さいころからものを書くことは好きで、頼まれもしないのに学級新聞をつくっていました。校長先生に突撃インタビューして、「奥さんからなんて呼ばれてるんですか」と聞いたり、嫌われている先生にわざわざ「なぜ嫌われているんだと思いますか」と聞いて、怒られたりしていました(笑)。
高橋
今とやっていることが変わってないじゃないですか(笑)。
羽生
あははは! やっぱりその「人となり」に迫りたいと、常に思っています。
高橋
祥子さんの記事からは、その人を知りたいというだけでなく、知ったその人の良さをまわりに知らせてあげたいという思いやりも感じます。
羽生
ありがとうございます。記事に出てくる人を、読んだ人みんなが好きになったらいいな、と思って書いています。それは無名有名かかわらず、保育士さんでも、ワーキングママでも、誰でも。
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