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ワークライフバランスインタビュー

ワークライフバランスインタビュー

滝村雅晴さん

思いやりを隠し味にした“パパ料理”を召し上がれ

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パパ料理研究家
株式会社ビストロパパ代表取締役 / 大正大学客員教授
内閣府食育推進会議専門委員 / 日本パパ料理協会会長飯士
滝村 雅晴さん

Profile

パパ料理研究家
株式会社ビストロパパ代表取締役
大正大学客員教授
内閣府食育推進会議専門委員
日本パパ料理協会会長飯士

パパ料理・親子料理で、家族の食育と健康作りを広める、日本で唯一の料理研究家。料理教室やセミナー講師、NHK「かんたんごはん」、NHKEテレ「まいにちスクスク」、NHKラジオ第一「すっぴん!」毎週水曜日料理コーナーレギュラーコメンテーター出演ほか、メディアでの連載、各種料理プロジェクトの企画・プロデュースなど、パパ料理の普及・啓蒙活動を行う。
」は、9年以上毎日連続更新中。主な著書:「ママと子どもに作ってあげたい パパごはん」マガジンハウス、「パパ料理のススメ父親よ大志を抱け」赤ちゃんとママ社、「新しいパパの教科書」学研(執筆協力)。
川崎市立小学校PTA会長、京都府出身、神奈川県川崎市在住。
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外食に行けないなら、自分でおいしい料理をつくればいい
高橋
雅晴さんは子どもの頃、どんな少年だったんですか?
滝村
天真爛漫で、人懐っこい子どもでしたね。母から聞いた話では、電車で知らない人の膝の上に乗っていたりしたそうです(笑)。反抗期もありませんでした。
高橋
そうなんですね。今とあまり変わらないですね。先日食事をご一緒した時も、場を和ませる天才だなと思いましたもの。
滝村
そうですか?場を和ませられているかどうかはわかりませんが、小学校の頃からおしゃべりでしたね。クイズとかゲームを出すのが好きだったんですよ。出題者になってみんなを集めるのが好きだった。あとすごく空想癖があって、妄想するのが好きでした(笑)。
高橋
あ、私もそうでした(笑)。何を妄想していたんですか?
滝村
物語を考えるのが好きだったんです。例えば自分でキャラクターを描いて、そのキャラクターがどういうふうに成長していくか、毎晩寝る前に考えていました。僕は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』っていうマンガの主人公・両さんが好きで、警察ものが好きだったんで、警察官の物語をよくつくっていましたね。あとは『のらくろ』という昔のマンガも好きで。のらくろは軍隊に入って、二等兵からだんだん活躍して出世をしていくんです。だから妄想の中のキャラクターにも、仲間をつくったり、出世させたりしていました。
高橋
のらくろは諦めないですもんね。あの手この手で、自分の立ち位置を探しますから。
滝村
すごいですね!こんな近くに『のらくろ』の話が通じる人がいると思いませんでした(笑)。
高橋
その妄想に、ロマンスは登場するんですか? 誰かと結婚して家族をつくったりとか。
滝村
まったくしませんでしたね。
高橋
そうなんですか!いまは“パパ料理研究家”として活動されているわけですが、結婚観などはいつごろから出てきたんですか?
滝村
結婚観って、結婚する前も結婚したあとも、とくに持っていなかったんです。
高橋
それではいつ、家庭っていうものに対して意識が芽生えたのでしょう。
滝村
27歳で結婚して、5年ほど夫婦2人で生活していました。子どもが生まれた時も、僕は戸籍上父親になっただけで、父親のマインドはなかったように思います。ただ、食生活が変わったんですよ。夫婦二人だったときは、よく外食しておいしいものを食べに行っていたのですが、赤ちゃんがいるとそうはいかない。それでもおいしいものを食べたいと思ったときに、「自分で料理をする」という選択肢が出てきたんです。
高橋
それまで、料理をした経験は?
滝村
カレーくらいはつくっていましたけど、「料理が趣味です」なんて言うほどではありませんでした。おいしいものが食べたくて自分でつくろうかなと思い始めたときに、会社の同僚に料理研究家の行正り香さんの本を勧められたんです。それで、行正さんの本のレシピ通りにつくってみたら、あまりにおいしくできたのでびっくりしました。
高橋
何をつくったんですか?
滝村
鯛のカルパッチョとトマトのパスタです。そこで閃いたんですね。僕はそれまで、ピアノがあって楽譜があっても大抵の人がピアノが弾けないように、料理も訓練を重ねたプロにしかできないと思っていたんです。でも料理って、レシピ通りにつくれば誰でもおいしくできる。それから毎週末、料理を始めたんです。レストランで出てくるような料理を、家でつくりまくりました。
高橋
ご夫婦でやるんじゃなくて、一人で全部つくるんですか?
滝村
はい。朝から料理本を読み込んで、夕食になんの料理をつくろうかと付箋を貼って、5時くらいから買い物に行く。そこで1〜2時間かけて買い物して、帰ってきて、そこから料理をつくる。
高橋
ちょっと、スタートが遅くないですか?(笑)
滝村
そうなんです(笑)。22時、23時くらいまでコースをつくり続けたこともありました。それに延々と妻が付き合わされるという。今考えればひどい話です。
高橋
そのときはまだデジタルハリウッドさんにお勤めでしたよね。平日は奥さんがつくった料理を食べていたんですか?
滝村
平日に家でごはんを食べることがゼロでした。それくらい仕事がハードだったんですよね。平日はまったく家で食事をせず、週末に料理をつくりまくるという生活が、3年くらい続きました。そうしたある日、事件が起こったんです。
高橋
事件?
趣味の料理が家族を不幸にする? 妻の激怒で気づいた本当の“パパ料理”
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