ワークライフバランスインタビュー

子育てのすばらしさを伝え、出生率アップに貢献したい
第26回
日経DUAL創刊編集長
帝塚山学院大学非常勤講師
羽生祥子さん
自分のために、後進のために、制度の壁に声を挙げてきた
- 高橋:
- 非正規雇用で20代前半を過ごして、日経DUALの立ち上げにいたるまでは、どういう経緯だったんですか?
- 羽生:
- 25歳くらいで、ようやく「ちゃんと会社に入らなきゃ」と思ったんです。そのとき、仕事が2つきました。ひとつは、とある企業の広報誌をつくる仕事。わりとかっちりしていて、これをやれば月18万円もらえることが確定している。18万ももらえたら、あこがれの「トマトクリームパスタ」ってやつが食べられるかも!と思ったんですよ(笑)。
- 高橋:
それ、「イタリアントマト」のメニューですか?(笑)- 羽生:
- そんな感じです。トマトソースなのかクリームソースなのかわからない! どっちなんだ! と(笑)。。私がお金持ちになったら絶対食べてやる! と思っていた(笑)。この気持ちは、今でも忘れられません。
- 高橋:
- 私も、チョコレートファウンテンにものすごくあこがれていました(笑)。いまどきの若者ってそういう感覚、ないんでしょうね。
- 羽生:
- 手に入らないものを強烈に欲するのって、悪くないと思うんです。私はワークライフバランスって、20代から考えることではないかなと思っています。若いうちはハングリーになって、とにかく激しく挑戦してみればいい。安全牌を選ぶなんて、つまらないですよ。
- 高橋:
- そう、命を取られるわけじゃないですからね。先ほど2つお仕事がきたとおっしゃいましたが、もうひとつは何だったんですか?
- 羽生:
- もうひとつは既存媒体でなく、「新規媒体に関わりませんか」という、先が見えないけれどいかにも楽しそうな仕事だった。安定している前者の仕事より、媒体開発に魅力を感じて、そっちに行ってしまいました。それが、大人の女性に向けた『BRAVA!(ブラーヴァ)』という当時の日経ホーム出版社が立ち上げた雑誌だったんです。
- 高橋:
- ああ、私それ知っていましたよ!
- 羽生:
- わ、嬉しい! そこで、新しいものをつくるのって楽しいなと思いました。そこからは日経BP社でずっと、短距離走を何本も走るように全力疾走してきた感覚です。どうやればうまくいくかわかる既存のものよりも、前人未到だけど、社会的には必要とされているだろうというものをやりたいという一念で走ってきました。
- 高橋:
- 信念ですね。働くママとパパに向けた日経DUALを立ちあげられた時にも、「理解者もまだ少ないし、どうなるかわからない。こんなポジションをやりたがるのは、私くらいです」とうれしそうに言っていたのを覚えています。
- 羽生:
- なんだか恥ずかしいな。でも確かに、何かを変えたいと思ったときは自分で手を挙げて、改革案をめげずに出してきました。
- 高橋:
- 先頭に立って、壁を突破してきたんですね。例えばどんなこと?
- 羽生:
- 妊娠しながら働いている人は当時所属していた『日経マネー』の部署ではいませんでした。男性ばかりの部署で、編集会議を夜7時からやるのが当たり前だったんです。「アイデアは夜開く」という一家言もありまして(笑)。でも、それ本当なのかな、と思ったんですよね。それで会議の招集係を買って出て、編集会議を朝に移したんです。そうしたら、朝のほうがテキパキ進むし、ちゃんといいアイデアも出て、そっちのほうがいいね、ということになりました。
- 高橋:
- 夜の会議は、意味のない慣習だったんですね。
- 羽生:
- あと、子どものお迎えなどで時間の融通がきかない社員でも入稿ができるよう、手続きを簡略化したりとか、年齢に関係のない評価制度にしてほしいと提案したり、いろいろ声を挙げてきました。
- 高橋:
- 壁を乗り越えたり壊したり、レールを新しく敷いたりするのって、勇気もいるし大変なことですよ。
- 羽生:
- そう、面倒臭い(笑)。誰かやってくれないかなって思いますね。
- 高橋:
- でも、そんなの待てない。
- 羽生:
- そう!だって今必要としている人(私)が、ここにいるわけだし。
- 高橋:
- だったら自分で突撃だ!となるんですね。私も待てないタイプなんですけど、ただ待てないだけなんです(笑)。「あったらいいな」をかたちにしたいだけ。だから、次の人のためになるという視点で動いている祥子さんに感動しました。組織の中で、自分のやっていることが次の世代につながっていると感じることはありますか?
- 羽生:
- はい、かつての自分みたいに子育てと仕事の両立を頑張っている後輩はいます。そして、うれしいことにそういう人たちが相談してきてくれるようになりました。
- 高橋:
- そんながんばりやの祥子さんにも、「これはまいった」という事件はありましたか?
- 羽生:
- 一番つらかったのは、初めての妊娠でしたね。妊娠すると、異常に眠くなる。しかも、ホルモンのバランスが崩れているんだと思うんですけど、何でもかんでも泣きたくなっちゃう。
- 高橋:
- ああ、わかります。私もわんわん泣いてました。「どうしたの?」って聞かれても、理由がわかんなくてまた泣いてしまう(笑)。
- 羽生:
- いま思い返すとおもしろいんですけど、リーマン・ショックのニュースを見て泣いてましたからね(笑)。「経済危機…悲しい…世界が終わってしまう…私のベビーはどうなるの!?」みたいな。だから、新聞もろくに読めなくて、唯一読めるのが天気予報。もうこれ、第一線の記者としては終わったなと。育休中に出されていた、世界経済と国内マネーのサマリーを出すという宿題も、ぜんっぜん書けなかったですね。
- 高橋:
- でも、ホルモンバランスが正常に戻ってきたら、気持ちも元に戻りますよね?
- 羽生:
- 職場復帰第一日目で、ケロリと元に戻りました(笑)。でもそれまではずっとこわくて、退職届もメソメソ家で書いていたくらいです。
- 高橋:
- こういう不安は、誰にでもありますよね。だから育休をちゃんととって、お母さんになるための体と心のステップを一歩ずつ踏まないと。
- 羽生:
そうですね。職場復帰前後は、夫が理解して支えてくれたのがありがたかったです。- 高橋:
- 夫は人生を動かしてくれたひとりですか?
- 羽生:
- うーん夫は……結果的に動かしていると思います(笑)。
- 高橋:
- いや、でもステキな答えですよ。「動かしている」という現在進行形なんですね。彼は祥子さんにとってどんな存在なんですか?
- 羽生:
- そうですね……天ぷらでいうところの、水みたいな存在ですかね。
- 高橋:
- えーと?(笑)
- 羽生:
- いや、天ぷらって、衣の水分が高温の油の中で蒸発してカリッと揚がるわけですよね。私は、確かに外で仕事をしているときは、「カリッと揚がっている天ぷら」のように見えていて、みんなはその揚がり具合とか素材に目がいきがちだと思うんです。でもその過程 には、誰も気にも留めない存在だけど、実は一番大事な衣の中の「水」がある、みたいな感じですね。ああ、よくわからない例えを使っちゃったな…(苦笑)。
- 高橋:
- いいですね。彼の存在がないと、カリッとおいしい天ぷらになれないということでしょ?しかも、日々つくられるコンディションの違う天ぷらの私に合わせた水になってくれる。すばらしいじゃないですか!
- 羽生:
- あはは(笑)。彼はビジネスパーソンとしてのチャレンジも現在進行形で続けているので、お互いが成長していく両輪になれているなとも思います。いくつになっても挑戦できるっていいな、という気持ちにさせてくれる存在かな。
