株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス 研究部 研究部長兼主席コンサルタント 渥美由喜さん【その3】

対談
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ワークライフバランスインタビュー

渥美 由喜さん

使えるものはフルに使い、「よかった探し」で生きていく

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株式会社東レ経営研究所
ダイバーシティ&ワークライフバランス 研究部
研究部長兼主席コンサルタント
渥美 由喜さん

質の高い生活体験から、次世代の会社が生まれる

渥美
そこは難しいところですね。厚生労働省の調査で、未婚女性の3割が専業主婦志向というデータが出ました。女子大などで講演すると、専業主婦志向の女子学生はたしかにけっこういます。しかも、「じゃあ夫の収入はどれくらいあったらいい?」と聞くと、「1千万円でいいです」と言うんですよ。
高橋
1千万円「で」(笑)。思わず笑っちゃいますね。
渥美
「で」じゃないだろう! と(笑)。いま、20代後半の男性の平均収入は366万円、30代前半でも約430万円ですよ。1千万円なんて夢のまた夢です。しかも、愛情は未来永劫続くとは限らない。夫やその親にしか評価されない人生というのは、すごく脆い。一方で、男子学生は共働きを望む人が80%以上です。
高橋
企業もそう思いますよ。雇用した社員に家計の全責任があるより、配偶者も働いていると聞いたほうが安心します。私としては、国や企業の施策は、家庭にもその傾向が求められるものだと思うんです。渥美さんの家庭はクオータ制なんですか?
渥美
そう言われればそうかもしれません(笑)。経済的なポジションは僕と妻で、4:6くらいだと思います。うちは妻が世帯主。つまり、妻が社長なんです。
高橋
奥様が世帯主!
渥美
結婚した時に勤務先の福利厚生を比べたら、妻の会社のほうがよかったので、彼女が世帯主になったほうが恩恵に預かれるなと。妻の収入が多いので、僕が育児休業を長くとったほうが、所得ロスが少ないですしね。僕の考えでは、クオータ制は女性優遇どころか男性優遇になり得ると思っているんです。大学の卒業式で総代として壇上に上がる学生の男女比率を考えると、近年では女子学生の方が圧倒的に多い。役員になる確率が総代になる確率と一緒だと考えると、いずれ80〜90%は女性役員になると思います。そうなった場合、今度は男性優遇に働くわけです。クオータ制は、女性も男性も4割から6割の間いたほうがいいよね、という主張なんですよね。
高橋
男性のためにもなる話なんだ、と。今は実感されていない方が多いかもしれませんが、将来的にはそういうこともありえるんですね。渥美さんが感じる女性の優秀さってどういうところですか?
渥美
バランスが良くて、興味関心の幅が広いところでしょうか。
高橋
女性は好奇心旺盛で、いろんな引き出しを持っているといえるかもしれませんね。さらに、その引き出しの中に自分の意見や主張を持っている。
渥美
主張とまではいかなくても、好き嫌いは必ず持っていますよね。好き嫌いは直感なので、良い悪いというロジックよりも本質をついていることがあります。
高橋
商品開発をするときも、好き嫌いが曖昧で、万人受けするものをつくろうとすると売れないことがよくありますよね。日本からはなかなかGoogleやFacebookのようなメガベンチャーが出てこないじゃないですか。あれはやはり、アメリカという多面的な国だからこそ起こっているイノベーションだと思うんですよね。日本の均質化した組織からは、生まれにくいんだと思います。
渥美
ウォークマンが出たころのソニーは輝いていましたよね。創業者の井深大さんも盛田昭夫さんも、すごく多面的な人だった。井深さんは児童教育に造詣が深く、クラシックマニアでもあったんですよね。そんな彼がポータブルに音楽を持ち歩きたいと思って、ウォークマンを発明した。つまり、自分のライフのアンテナに引っかかったことを商品化したら大ヒットしたんです。
高橋
私も、自分で家事代行がほしい、ないと困ると思ったことがベアーズの事業につながっています。
渥美
そうでしょう。ライフ体験の質が高くないと、質の高いワークが生まれてこないんですよね。日本がダメになっている一つの理由は、ライフ体験の質が低下していることだと思います。あとは、ライフマネジメントの質。自分でマネジメントしようという姿勢がなくなっている気がします。メディアが提示するライフスタイルを鵜呑みにして、自分では何も選択していない。
高橋
渥美さんは、ご自分のライフをどうマネジメントしていきたいと考えているんですか?
渥美
やっぱり父の介護と息子の看護に関わったことで、考えは大きく変わりました。それまでは足し算でライフデザインをしていたんです。キャリア形成でも、あれもしたいこれもしたい、自分がやりたい仕事をもっとしたい、と思っていた。でも、介護と看護が始まってからは、手持ちのものを組み合わせて、なるべくシンプルに、今ここにある幸せを大事にするようになりました。父も息子も「生きててよかった」と思えるようにサポートする、というのが今のテーマです。僕自身も生きててよかった、働いててよかったと思いたい。妻には、こんな変わり者と結婚したけど「よかった」と思ってもらえるように頑張りたいですね(笑)。
高橋
きっと奥様は、もうよかったと思っていらっしゃると思いますよ(笑)。
渥美
僕はそう思っているけど、妻はどうかな…。介護と看護を通して気づいたのですが、ライフのネガティブな部分をオープンにしていくと周りに励ましてもらえたり、含蓄のある言葉を聞くことができたりして、すごく成長できます。仕事だけだと、人間の成長には限界がある。こうしたライフの部分も含めて、男性上司がもっと後輩や部下に憧れられるような職場をつくりたいですね。
高橋
渥美さんは本当に人間としての厚みがありますよね。一人ひとりがもっとライフ経験を活かして仕事に向き合うと、日本全体が幸せになると思います。
渥美
名前だけ「あつみ」ですが、人間としては薄っぺらいし、幼稚ですよ。イヤなものはイヤだと思って、転職を重ねてきましたし。長時間労働でダラダラ働いている人たちとか、上司が白と言ったら黒いものも白というようなパワハラが横行している職場とか、そういうのには虫唾が走りますし、撲滅したいと思っています。とにかく社会を変えるていくは共感の連鎖ですから、少しでも僕のような考え方に共感をもってくださる方が増えていくといいと思って、僕はこれからも、日本の働き方に対して、波風を立て続けたいと思っています。
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